「かぶき者」の実像追い続け・梅津幸保さん(S38卒)
(2015年11月11日朝日新聞より)
米沢前田慶次の会会長・梅津幸保さん(71・S38卒)
「かぶき者」といわれた戦国武将の前田慶次は、米沢市万世町堂森の「無苦庵」で晩年を過ごした、と伝わっている。「米澤前田慶次の会」の会長として10月下旬から11月上旬にかけて行われた発掘調査を主導した。全国からボランティアを募り、市教委の指導を受けて調査した結果、江戸初期の武家屋敷をうかがわせる柱穴、堀、土塁などが見つかり、伝承を裏付けた。
前田慶次はどのような人物だったのか。今も不明なことが多く、生没年すら分かっていない。市立米沢図書館長のとき、慶次の「道中日記」を現代語訳し出版した。京都から米沢まで26日間の旅日記だ。原本が図書館にあったので、職員3人で取り組んだ。日記には40ほどの和歌や漢詩が読み込まれていた。それまで力自慢の武将というイメージが強かったが、「文武両道の達人」と判断を変えた。
発掘調査を民間団体がするのは異例だった。資金の悩みもあった。それだけに「これで後世に伝えられる」と喜ぶ。今後は市教委が調査を引き継ぎ、無苦庵屋敷についてさらに詳しく分かるようになることを期待している。
■梅津幸保(うめつ・ゆきやす)米沢市生まれ。山形大工業短期大学部卒。米沢市役所に勤務し、企画課長や市立米沢図書館長などを務めた。置賜民俗学会長