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ぐるっと東北 母校をたずねる 県立米沢興譲館高校-6
挑戦や挫折を糧に 元フェンシング五輪代表・池田めぐみさん=1997年度卒
(2017年6月30日毎日新聞東北版より)


元フェンシング五輪代表・池田めぐみさん=1997年度卒

 卒業生でただ一人のオリンピック選手、池田(旧姓・原田)めぐみさん(37)=1997年度卒=は、高校の部活で初めてフェンシングを始めた。体育大への進学や海外での武者修行を経て、2004年アテネ、08年北京五輪に出場した。多くの困難を乗り越えたからこそ、手にした強さ。「挫折してなんぼって思うんですよ」と、競技人生を振り返った。

【猪飼順】

  興譲館に通っていた姉がフェンシング部で、その姿を追いかけた面もあります。中学では陸上部。自分との闘いだった陸上と違って、相手がいて、思うようにならないところが楽しくて。高校時代は部活一色でした。

 自宅から最寄りのJR赤湯駅まで自転車で20分弱。米沢駅から学校も自転車で30分。大変だった通学で相当鍛えられたのかも。勉強は課題をこなすので精いっぱい。毎日、フル稼働、クタクタでした。

 顧問の小原秀樹先生は、92年の国体で山形に選手として来た元全日本メンバー。先生から学んだ技や戦術が、後々まで私を支える武器になりました。

 4位になった3年の高校総体で、体育大のコーチに進学を誘われました。考えてもいなかった進路です。でも、自分の伸びしろを感じて、もしかしたら五輪に行けるかも、と自信が芽生えていたころで、心が動きました。

 推薦への返答期限は1週間で、緊急家族会議です。医師の父は大反対。反抗期だった私も、この時ばかりは親と向き合って話しました。「スポーツだけで食べていけるとは限らない。五輪と大学院に行くのが条件だ」。父がそう言った時には、内心ガッツポーズです。ここでイエスと言えば、行けるんだと。本当に、バクチのような人生ですよね。進学校では異質な存在だったかもしれません。でも、いろんな人がいて、成績とは関係なく、多様性を受け入れる。自然にそういう気持ちが育まれた学校でした。

 同期部員の大半が理数科で、よく覚えているのが文化祭。当時テレビで人気だったゲーム「イライラ棒」を、フェンシング審判機の電気回路を活用して再現したんです。「作っちゃうんだ!」と、新鮮でした。優等生のイメージがあるかもしれませんが、真面目にバカをやるんです。

 大学4年で全日本メンバーに選ばれましたが、世界の壁は厚い。単身でヨーロッパに渡り、ワールドカップを転戦する武者修行も経験しました。負けたりケガしたり、挫折も多かったですが、時間だけは取り戻せません。やっておけばと後悔するよりも、と突き進んできました。

 ロンドン五輪を目指していた2011年、乳がんが見つかって引退しました。競技生活で体調管理を徹底していたからこそ、早く気付くことができた。もちろんショックだし、泣きましたよ。でも、私は乗り越え方を知っている。そう思える自分はすごいなって。バクチのような道でも、トライしたことは無駄にならない。無駄にしないように生きればいいんだと思います。

 いけだ・めぐみ 南陽市出身。東京女子体育大、筑波大大学院卒。フェンシング競技エペのアテネ、北京五輪日本代表選手。2009年に結婚し、長男は3歳。県体育協会のスポーツ指導員、山形大の非常勤講師などを務める。


昨年度の塾生たちに修了証書を授与する城戸淳二教授=米沢市城南の山形大工学部で

イノベーター育成に力

 米沢興譲館高は理数系の学力向上に力を入れてきた。1968年に理数科を設置。2002年には文部科学省のスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)第1期校に指定された。未来の科学者・技術者を育てる取り組みだ。  

 異色なのは、有機ELの研究開発で世界的に著名な山形大大学院・城戸淳二教授が主宰する「イノベーター育成塾」(昨年まで城戸淳二塾)。1、2年生から募った約20人が半年間、一つの研究テーマで実験を繰り返し、12月に成果発表する。

 5年目となる今年も5月31日に修了式・入塾式が行われた。昨年度、有機トランジスタ型バイオセンサーを研究した3年の原田脩平さん(18)は「授業ではなかなか得られない、素晴らしい体験でした。社会に出ても忘れずに生きていきます」と謝辞を述べた。城戸教授は「何よりも自信を持つことが大事。この経験を生かして夢をかなえてほしい」とエールを送った。

 米沢では、江戸期から米沢織など殖産興業を図る伝統があり、大正初期にはテイジンの前身が設立された。84年、世界初のノート型パソコンが米沢日本電気で開発された。

【佐藤良一記者・S52卒】


 ■卒業生「私の思い出」募集

 県立米沢興譲館高校卒業生の皆さんの「私の思い出」を募集します。300字程度で学校生活や恩師、友人との思い出、またその後の人生に与えた影響などをお書きください。卒業年度、氏名、生年月日、職業、電話番号、あればメールアドレスを明記の上、〒100-8051、毎日新聞地方部「母校」係(住所不要)へ。メールの場合はtohoku@mainichi.co.jpへ。いただいた「思い出」は紙面や、毎日新聞ニュースサイトで紹介することがあります。


第5回 努力すれば道は開ける・セゾンファクトリー顧問・斎藤峰彰さん

第7回 先輩、後輩みな「君づけ」 小嶋総本店社長・小嶋健市郎さん

新聞を語ろう・お風呂でリラックスし熟読・池田めぐみさん(2016年8月15日山形新聞)
私の先生のはなし・池田めぐみさん(2014年1月6日山形新聞)
池田めぐみさん後輩へ経験語る・米沢興譲館高(2013年11月27日山形新聞)
五輪公式サイト・日本紹介ページのカバー画像に池田めぐみさんが(2013年7月18日)
一番目指すことで知る強さ・池田めぐみさん(2012年8月14日山形新聞)
元五輪代表・池田さん「経験生かし」再出発(2012年5月17日山形新聞)
人の夢に、全力・池田めぐみ選手引退会見(2011年12月13日山形新聞)
フェンシング女子エペ団体初「金」貢献の池田選手(2010年11月24日山形新聞)
追放ドーピング まず“知ること”必要:池田めぐみさん(2010年1月29日山形新聞)