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ぐるっと東北 母校をたずねる 県立米沢興譲館高校-3
信念貫く生き方育んだ 秋田大教授・三宅良美さん=1976年度卒
(2017年6月16日毎日新聞東北版より)


秋田大教授・三宅良美さん=1976年度卒

 秋田大学国際資源学部で中東言語と文化などを教える三宅良美教授(58)=1976年度卒。インドネシア、米国、イスラエルで暮らす中で、専門も人類学から社会言語学へと転向。「長いものに巻かれず、自分が興味を持ったことを突き詰める」。そんな仲間に囲まれた高校時代が、今に通じていると振り返ります。

【猪飼順】

 バンカラな校風に憧れて入学しました。当時、女子は3分の1ぐらい。まだ制服もなくて、黒か紺のブレザーという決まり。マドンナみたいな存在がいて、あとは真面目な子ばかり。私はちょっと変というか、チェックの服を着たり、スカートもミニにしてね。特に怒られることもなかったの。

 覚えているのはバカをやったことばかり。なぜか私のクラスは「黒バラ」組でね。運動会だったか、クラス対抗の時には、担任も含めて皆でバラの花を口にくわえて行進したのよ。文学にめっぽう詳しかったり、ユニークな同級生がたくさんいました。

 時代的にも、リベラルな先生が結構いて刺激を受けました。特に世界史の山根秀樹先生。ヨーロッパに非クリスチャンのイスラム文化が与えた影響の授業に、ギター曲「アルハンブラの思い出」のテープを持ち込んで流したりね。2000年ごろ、家族でアルハンブラ宮殿に行った時、授業の様子がぱっと浮かんで。ただ覚えろじゃなくて、歴史観を教わりました。

 (ベトナムの民族指導者である)ホー・チ・ミンの伝記に感銘を受けて、外語大に進んだものの、専攻はインドネシア語科。インドシナと区別もつかないほど幼かったという笑い話です。でも、人類学で修士号を取った後、調査で2年半ほど住んで、インドネシアはいとしい第二の故郷になりました。

 そこで米ミシガン大への留学を勧められ、結婚、出産。日本語を教えていたこともあって、途中で専攻を言語学に変えました。95年ごろ、方言がどう使われているか、調査のために母校の興譲館に戻ったの。授業や放課後の会話を録音すると、米沢弁に誇りがあるのか、あえて使うのね。世界的に地方言語は消えていく方向なのに、反対例で面白かった。

 ずっと学問と子育ての両立に必死で、それもすごく楽しかった。ユダヤ系の夫と家族でイスラエルに移民して、さらに学ぶことばかり。ただ、01年の米同時多発テロに続いて、インティファーダ(対イスラエル抵抗闘争)が激化。テロの恐怖よりも、夫を含め、周囲が(イスラム原理主義組織の)ハマスに対する激しい憎悪や嫌悪を隠さないこと、日々の緊張感に耐えられなくなって。結局、離婚して、裁判では娘たちの親権も失いました。

 失敗だらけの人生ですが、意外と後悔はしないんですね。「そんぴん(ひねくれ者)」かな。でも、自分で決めたことは妥協せずに押し通す、ぜいたくも必要ない。いい意味で質素な、米沢や興譲館の風土が影響しているのかもしれません。

 みやけ・よしみ  1959年米沢市生まれ。東京外国語大卒業後、東京都立大大学院、米国のミシガン大などで研究生活を送る。ユダヤ系米国人と結婚し、イスラエルへ移住。離婚後、2004年秋に帰国し、現職。社会言語学専攻。


1984年のマラソン大会でスタートを切った生徒たち

卒業生つなぐ全校マラソン

 多くの米沢興譲館高卒業生にとって忘れられない思い出は、「白布(しらぶ)高湯全校マラソン大会」で汗を流し、必死で走った体験だ。卒業生の連帯感のベースとなっている。マラソン大会は、創立記念行事として1950年に始まり、現在も続いている。生徒の心身を鍛え、団結を図ることが目的。時代によってスタート地点は変遷したが、毎年秋、吾妻山中腹の白布温泉までの約16キロを全校生徒が走破する。以前は、温泉宿に1泊し、夜はキャンプファイアで気勢を上げた。

 3年間、1位を独占した高橋秀一さん(60)=74年度卒=は「走っている時は無心になれたので最後まで頑張れた」と振り返る。1年生の時、学校誌「興譲」に次のように書いた。

  「マラソンは人生の縮図だ。峠や楽な下り坂があったりして、何か人生の暗示のような。それゆえに、この大会が伝統ある行事であり、多くの先輩がかつて、この同じコースで汗を流し、これからも走り続けられるというのは意義のあることだと思う」

 卒業生たちの熱い期待に応え、2001年からは毎年、「白布マラソンOB大会」も開かれている。

【佐藤良一記者・S52卒】


 ■卒業生「私の思い出」募集

 県立米沢興譲館高校卒業生の皆さんの「私の思い出」を募集します。300字程度で学校生活や恩師、友人との思い出、またその後の人生に与えた影響などをお書きください。卒業年度、氏名、生年月日、職業、電話番号、あればメールアドレスを明記の上、〒100-8051、毎日新聞地方部「母校」係(住所不要)へ。メールの場合はtohoku@mainichi.co.jpへ。いただいた「思い出」は紙面や、毎日新聞ニュースサイトで紹介することがあります。


第2回 東京で知った故郷の風景 漫画家・ますむらひろしさん

第4回 部活仲間と励まし合い 俳優・眞島秀和さん