藩校興譲館、米沢中学、米沢一高、米沢西高、米沢興譲館高と続く米沢興譲館同窓会公式サイト

ホームページロゴ

書評・現実超えた世界を開示・渡部さとる(S55卒)写真集「demain」
(2017年2月1日山形新聞より)


渡部さとる(S55卒)写真集「demain」 ※画像をクリックすると購入サイトが開きます。

 味読郷土の本 評者・岡部信幸(山形美術館副館長)
 米沢出身の写真家・渡部さとる(S55卒)の「Prana」に続く5冊目の写真集「demain(デュマン)」は、何とも言えない魅力にあふれる写真集である。黒いページに印刷されたモノクロ写真は、見る角度によって黒い部分が光ったり、沈んだりする。プリント写真の銀が時を経て浮き上がったようにも、あるいはネガ・フィルムをのぞき見るような気分にもなる。

 ページを進めていくと、ヨーロッパと思しき陽光あふれる風景、家族アルバムから剥がしたような船上のスナップ、古い映画館のある街並みや木造のタバコ屋、アジアの雑踏や子どもの写真が続く。さらにはクローズアップや焦点がぼやけた写真など、撮影された時代や場所もばらばらなうえに、脈絡のないモチーフの連続は、写真集全体のイメージを捉えることを困難にする。

 写真の合間には、渡部自身による時間や記憶のこと、記憶を失っていた母の晩年のことなどをつづった短文が挿入されている。その最後の部分で、本書の成り立ちのヒントが明かされる。母の遺品にあった紙のケースに入った一本のモノクロ・ネガの存在である。妹のお食い初めを祝う家族を写したネガの中で大きく傾いた一コマが、渡辺が4歳の時に初めてシャッターを押した写真だったのだ。

 渡部のメモによれば、本写真集には、先の初めての写真や理解を深めていく時期の写真、最近撮影した写真に加え、旅先で買い求めた「ファウンド・フォト」と呼ばれる撮影者不明の古い写真が混在させてあるという。つまり多様な写真の連続から、撮影意図やそれらに通底する物語(内容)を伝えるのではなく、現実を超えた世界を見る者に開示することが本写真集の企図なのだ。

 「かつて、あった」時間を「いま、ここ」にもたらすのが写真の特質でもある。また最近ではネット上の既成の画像や衛星写真を編集加工した作品で高い評価を得ている現代作家も存在する。写真のオリジナリティーや作家性はどこにあるのか、また芸術写真とあらざる者の境界はどこか。そんな問いかけを起こさせる写真集だ。(冬青社・3780円)

冬青社・渡部さとる写真展 demain 2017