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側近にも光 新たな視点で解説・小関悠一郎(H8卒)著「上杉鷹山と米沢」
(2016年6月1日山形新聞より)


「上杉鷹山と米沢」小関悠一郎(H8卒)著

 味読 郷土の本より(評者:原淳一郎・米沢女子短期大准教授)
 まず訴えたいことは、著者が地元で育ったかたである、ということである。研究者が自分を育んだ故郷の研究をして、その成果を郷里に還元する。なんと素晴らしいことであろう。著者は一橋大で博士号も取得し、2012年には専門書「<明君>の近世−学問・知識の藩政改革」(吉川弘文館)を広く江湖に問われた、将来を嘱望される江戸時代研究者である。
 元来米沢藩の研究はとても盛んであった。全国の研究者からも、地元の郷土史家からも注目される存在だった。米沢藩という藩はそれだけ研究に値する素材だったのである。
 しかしまことに残念ながらここ20年すっかり研究が停滞してしまった。その大きな要因が、郷土研究を支える存在であった公立学校の先生方の多忙さである。おかげで、県内いずれの歴史研究会も高齢化している。こうした状況では地域の歴史を後世に伝える、そして適切な郷土愛も育む状況など生まれるはずもない。
 ゆえに本書が上梓されたことはとても意義がある。実は早くから著者が本書に取り掛かっていることは聞いていいた。と同時に若干の危惧があった。なぜなら、同じく江戸時代を専門とする筆者から見て、著者の功績は以下の点にあったからだ。
 一つ目に藩政改革の成功を鷹山1人に帰するのではなく、竹俣当綱や莅戸義正といったブレーンにもきちんと光をあてたこと。二つ目に鷹山や竹俣がどのような書物を読んで知識を形成し、それが藩政改革にどのように生かされたのか、ということを明らかにしようとしたということ。三つ目に、その結果当時の学問の主流の変化などによって鷹山自身のよって立つ学問が変わっていったこと。四つ目に「名君上杉鷹山」という像が同時代にどのように広まり、変容し、利用されていったのか、という新たな視点を持つこと、などである。
 つまり、著者の専門は思想史なのであり、これを一般読者に理解してもらうのはなかなか困難な作業に思われたからである。
 だがそのような心配も徒労に終わった。手にしてみるとカラーで写真や図も多く、文章も平易な説明がなされている。十分に読者も理解できるはずである。そして本書の中で現在社会における鷹山を学ぶ意義にまで筆が及んでいる。こうした著者の思いを受け止めて鷹山や米沢藩の歴史に興味を持つ読者が1人でも多く誕生することを祈りたい。(吉川弘文館・2160円)

「行動で規範示した」鷹山の理念紹介・米沢・シンポで講演(2015年9月2日山形新聞)

6月1日山形新聞