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子供の幸せ描き続け・画家・高森務さん(S3卒)・有志らお別れ会
(2016年3月11日山形新聞より)


腹話術人形「青空雲右衛門」を操る高森務さん(S3卒)=2012年、米沢市小野川温泉

 地域の子供の幸せを願い、命と平和の尊さを訴えて描き続け1月に亡くなった元小学校教諭で画家、高森務さん(S3卒・米沢市)を悼む声が広がっている。106歳だった。生涯現役を貫き、作品のみならず天衣無縫の人柄が慕われた。有志が13日に同市でお別れの会を開く。
 「次世代を担う子どもたちに夢と希望を与えたい」。2012年にまとめた手記「百四歳を迎えて(続編)」に書いている。戦時中、悲痛な面持ちで出征する教え子を見送った。生きて帰って来いと言えない時代に、せめて笑顔で送ってあげたかった。43歳にして「一生の方針を決めた」。高森さんの代名詞にもなった腹話術人形「青空雲右衛門」 は民衆の思いを託した代弁者だった。
 晩年は肺気腫、脊椎狭窄(きょうさく)症、難聴などを患い、それでも自らを「曲芸師の綱渡り」と呼び周囲を笑わせた。最期まで絵筆を握り、決して描くことをやめない姿勢は後進の画家たちの励みになった。高森さんが主宰した絵画教室「火曜会」のメンバー大竹勝美さん(72)=同市中田町=は「生きざまが芸術。キャンバスにもにじみ出ている」。
 自宅内アトリエにある遺作を整理する中で、教員時代の1950(昭和25)年に日本水彩画展初入選を果たした作品「人形たち」が見つかった。愛用のトランクに子どもの人形と、それを一歩引いて見守る雲右衛門。大竹さんは「雲右衛門はきっと高森さん自身。わが子のように大切にした子どもたちへの愛情を感じる」と目を細める。
 在職中から文化、教育の振興にも尽力した。米沢児童文化協会長を務め、文化活動に励んだ市内の小中学校を顕彰。2010年度に高森児童文化賞に選ばれた九里学園高1年鈴木佑喜子さん(16)は「他人のために役立つ人になって」と声を掛けられたのを覚えている。それ以来、友達の悩みを聞いたり、道端に落ちているごみを拾ったりしているといい「小さなことかもしれないけど、高森さんが天国で見ていると思って継続したい」と話す。
 「人生はいつも笑顔で健康でお役に立ってさようなら」は高森さんの座右の銘だ。少年のような感性、人を思いやる心、そして地域の子どもたちの幸せを願い、描き続けた姿は今も、後世を生きる人の心の中に息づいている。
 お別れの会は13日午後3時、米沢市の伝国の杜・置賜文化ホールで。実行委員長は県信用金庫の種村信次会長が務める。参加費は3千円(お花台)。

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3月11日山形新聞