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山形美術館 開館50年 魅力きらり収蔵品 42
「人間とは何か」問い続け・鈴木実さん(S23卒)「顔を替える人」 
(2014年4月3日山形新聞より)

 
没後すぐに開催された鈴木実木彫展
=2002年10月、山形市・山形美術館

 鈴木はある時彫刻部の会で、ある女性出品者から「彫刻とは何でしょうか」というような質問を受けた。その時衆人の見守るなかで、黙ってその女性を抱きしめた。暫くして鈴木は「もういいですか。」と言って抱擁を解いた。「その時間は短かったかもしれないが、とても永く感じ、とても感動した」と、その瞬間を見守った人が私に語ってくれた。(千田敬一「鈴木実論−負から生をみる」)

 高畠町出身の彫刻家鈴木実(S23卒、1930〜2002)は、「人間とは何か」という疑問を解くことを願いながら、創作を続けていたという。体が裂けた男性の脇に目を隠した女性がたたずむ「記念撮影」(1972年)、布にくるまれて身動きが出来ない「あなた達自身の肖像」(75年)など、そのおどろおどろしい作品の数々は、もがき苦しむ人間・鈴木実の内面を表しているかのようだ。冒頭のエピソードは「生きる」という精神と行為を結合、亀裂、露出などのメッセージに置き換えて表現する鈴木らしい回答だった。


人間社会に対する批判精神に満ちた「顔を替える人」(1971年)

 「顔を替える人」(71年)は、第45回国画展出品作。医師の術衣の柔らかさ、布の上に置かれたような手の質感など、高い技術に裏打ちされているが、題材は極めて不気味だ。人間社会の在り方に対する皮肉、批判精神が痛烈に込められている。造形そのものは今にも動き出しそうだが、異次元に迷い込んだような静寂感も漂う。
 2002年7月、72歳の鈴木はアトリエで首をくくってしまう。「人間」を追った彼は、なぜ自ら「人間」を捨ててしまったのだろうか。それは分からない。「なにか見えない大いなる命というか、地球出現以来持続し続ける命の繋がりのようなもので私は生かされているような気がする」。鈴木は同年10月に山形美術館で開く木彫展のために、死の直前、この言葉を原稿に残した。彼は「人間のなにか」に気付いてしまったのかもしれない。
 

4月3日山形新聞