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地元杜氏、学習会重ね協力・小関敏彦さん(S49卒) 
(2013年12月20日朝日新聞山形版より)


杜氏が集まる勉強会の様子。利き酒をしながらうまい酒造りの技術を学ぶ
=山形市

 年齢を重ねると、刑事より弔事が多くなりがちだ。今年は、私に吟醸造りの基本を教えて下さった、岩手県出身の杜氏さんが事故で亡くなられた。
 ご教授いただいた技術が凝縮されたノートは、私の大切な基本マニュアルであるが、形見にもなってしまった。しかし、優れた技術はこのようにして伝承されてきたのだろう。今回は個人に思いをはせながら、山形県の蔵人について書いてみようと思う。
 酒造りのトップを杜氏と呼ぶ。以前は杜氏を頭にした集団が秋に蔵に来て泊りがけで酒造りを行い、春に故郷に帰っていった。この出稼ぎ型の酒造りを「杜氏制度」という。私がこの業界に入った頃、本県でも約半数の蔵がこの制度を活用していた。
 次第に社会が豊かになり、出稼ぎが敬遠されだすと、製造担当者は地元から集まるようになり、杜氏の「地元化」が徐々に進んだ。
 現在、本県の杜氏さんは1社を除いて全員が地元杜氏だ。これは全国的にみると大変に先進的な現象で、杜氏制度の時代と比べると、酒造りの中心を、より若い人々が担うようになっていった。
 一方で、造り手が若いと、どうしても経験や情報は不足する。そこで、みんなで協力して酒造りの情報を持ち寄って検討を重ね、翌年の酒造りで実証して、さらに検討を加えていった。情報を共有し、頻繁に学習会を開くことで、短期間で技術を高めていったのだ。
 こうした試行錯誤で培われた豊富な実証データは、県内の酒造技術の向上に大きく貢献した。たとえば、かつては酒の製造作業と貯蔵作業は別々に行われていたが、現場の経験を踏まえて同時に取り組むようになった結果、酒質と安定性が格段に向上したのである。
 飲酒の機会が増える季節。うまい酒を飲んでつらいことは忘れ、明るい年明けを迎えたいものだ。

■小関敏彦 1956年川西町生まれ。80年から県工業技術センターに勤務し、純米吟醸酒「DEWA33」などの開発にかかわる。4月から県工業戦略技術振興課に在籍。

9月10日朝日新聞山形版